水やりの時間 樋口恭介
少女がいて、少年がいた。彼らは会話を交わした。かつての少年はそう話した。
「こんど生まれてくるときまでずっと、あたしのこと、覚えていてね」と少女は言った。「きっとだよ、ずっとだよ、約束だよ」そう言って、少女は小さく手を振った。
少年は何かを言おうとしたが、結局何も言わなかった。少年は手を振り返した。それを見て、少女は笑った。それを見て、少年も笑おうとした。
その瞬間、少女はふっと消えてしまった。
「世の中にはね、生きていくことに、どうしても向いていない人というのがいるんだね」と、かつての少年は言った。「長く生きていれば、いつか必ずそういう人に出会う。そして、そういう人たちは、僕たちよりもずっと早く、どこかへ消えていってしまう。そういうことって、ときどきあるんだ」
少女が消えたそのあとには、小さな植木だけがあった。植木は花を咲かせていた。たくさんの花が咲いていた。彼はそれを見た。彼はそれを見て、きれいだと思った。かつての少年はそう話した。
「ほんとだよ、ほんとにあるんだよ、そういうことってさ」と彼は言った。「だから、居残ってしまった僕たちはね、そういう人たちのことを、ずっと覚えていてあげなくちゃいけない。ずっと覚えていて、その人たちとの思い出を、ずっと語り続けてあげなくちゃいけないんだ。わかるかい?」
彼はそう言うと、じょうろに水を汲み入れ、植木に水をやった。植木には花が咲いていた。
花は水を浴び、濡れて光っていた。
樋口恭介
小説家。『構造素子』で第五回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞。
第一回に参加されていた、北野勇作さんと 久永実木彦さんのツイートから
この企画のことを知りました。
たいへん素敵な企画だと思い、今回参加させていただきました。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。